理想を追いかけるバンカー
2022年7月
私はソーシャルビジネスに熱い想いのある、人生の先輩と会う機会を大切にしている。
先日、大阪商工信用金庫の片桐会長を訪問した。
大阪商工信用金庫がソーシャルビジネスに力を入れているという情報だけは知っていたのだが、どのような取り組みをしているかは詳しく知らなかった。
片桐会長は住友銀行の支店長をいくつか経験した後、大阪商工信用金庫で働き始めて29年になるという。当時の大阪商工信用金庫は規模が小さかったらしい。
それから、社員、お客様、社会を良くしたいという「三方よし」の想いで、実直に活動してきた結果、地域で頼られる信用金庫に成長した。片桐会長とお話をしていると、心の底から、「三方よし」を強く思っていることが分かる。
私の知る限り、当時の住友銀行は数字としての成果を追いかける文化であったが、片桐会長は違うようだ。人との信頼関係や地域への貢献、地域金融機関の役割といった明確な社会的使命感を持っている。片桐会長はご自身でも「きれい事ばかりをいつも言ってきた」という。
新しく建築された本社ビルの横には建築家今井兼次氏による「糸車の幻想」がある。
東洋紡本町ビルの屋上レリーフをそのまま移築し、市民の憩いの場として24時間開放している。
通常、このような一等地であれば、賃貸ビルでも建てた方が企業にとっては収益性が高いだろう。
しかし片桐会長は「芸術文化を後世に伝えていきたい。都会の中で誰もが安らげる空間を作りたい。」という想いを優先した。
経営者は誰よりも想いが強くないと、そのフィロソフィーは部下に伝わらない。
中途半端な想いは、人の心に届かない。片桐会長のように強い想いを発信することが重要である。
私はUBSやクレディ・スイスといった富裕層を対象とするプライベートバンカーを退職して、NPOやソーシャルビジネス起業家との付き合いが多くなった結果、改めて地域金融機関の大切さを実感する。
大企業といえども地域の中小・零細企業、ベンチャー企業とのつながり無くして、ビジネスは成り立たない。そこに資金を循環させている信用金庫の存在意義は、とてつもなく大きい。
大阪商工信用金庫は、「大阪商工信用金庫社会貢献賞」を贈呈している。
① 地域貢献の部門と
② ソーシャルビジネス部門がある。
また職員、OB、OGが資金を拠出して「さくら賞」も贈呈している。
職員までもが資金拠出しているのが面白い。
片桐会長はソーシャルビジネスの生みの親であるグラミン銀行創設者のムハマド・ユヌス博士が来日したとき、大阪での講演会をアレンジしたという。知人である大学理事長にお願いして大学の講堂を貸してもらい、多くの人を集客したらしい。
丁度、私がUBS銀行に勤務していたときで、UBS銀行でも同じタイミングでユヌス博士のイベントを開催したことを思い出した。片桐会長とムハマド・ユヌス博士の出会いや銀行員としての社会的使命のお話を伺った。本当のバンカーに出会えた喜びを感じた。
今まで多くの銀行員と話をしてきたが、片桐会長ほど、型にはまらず、大きな理想を掲げる人情味のあるバンカーに出会える機会はめったにない。何よりも理想だけでなく、実績を残している。
一般的に経営者は若い方が良い、と言われる。
それは年齢が高くなると、新しいことに挑戦しなくなる傾向があるからである。
結果として、組織が硬直化し、社会的ニーズに対応した新しい取り組みが遅れてしまう。
時代が動いている中で「保守的」という言葉は、イコール「衰退」を意味する。
では、若い人がいつもチャレンジ精神を持って、正しい判断をするかいうと、それも違う。
要は、バランスである。
年齢が高くても、発想が柔軟で、つねに勉強をして、新しいことに挑戦している経営者を何人も知っている。
つまり経営において大事なのは、年齢ではなく、常にお客様のことを考え、自社に改善を加えながら、次の時代を読んでいくセンスと実行力である。
そのような意味においては、片桐会長が大きな理想を持って、高い視点から金融機関の経営をしている姿を想像すると、同じ金融マンとして理想像を追いかけている私までもが、誇り高い気分になる。
これからもどんどん独自性を発揮しながら、
社員・お客様・地域が喜ぶ信用金庫になってほしいと願っている。