天恵菇(てんけいこ)
2022年3月
先日、自宅近くのイタリアンレストランで人生の先輩と会食をした。
このお店のシェフは徳島県出身である。
郷土を思う気持ちが強く、徳島産のお肉やお野菜をふんだんに使ったお料理が好評である。
ワインもお料理に合って美味しい。
人生の先輩は現在、徳島に住んでいる。
先輩は、会社での約束された地位を捨てて、自ら一般財団法人を立ち上げた。
先輩は「日本の未来を担う子供たちに少しでも良い環境を提供したい。」という想いで、子供たちを支える団体やNPOに助成活動を行っている。
1か月前、先輩に「家の近所にイタリアンのお店があります。徳島県出身のシェフで美味しいですよ。」とメールすると、「夕食だけ食べに神戸まで行く!」と返信がきた。
先輩は一般財団法人の理事長をしながら、昨年よりキノコ栽培を始めた。
キノコの名前は天恵菇(てんけいこ)。
噂でしか聞いたことがない大きなキノコ。
栽培が難しいゆえに市場にはあまり出回っていない。
先輩は収穫作業を終わらせてから、徳島から車を走らせ、レストランに到着した。
おもむろに紙袋から出されたのは、直径10センチを超える大きなキノコ。
先輩曰く「味わい深く、肉厚で、まるでアワビを食べているような食感」とのこと。
なんとも贅沢なキノコである。
お土産として、私とシェフはこの“贅沢キノコ”をいただいてしまった。
先輩と私は会話を楽しみながら、徳島産の美味しい前菜、お野菜、お肉、デザートを完食した。
お客様が誰もいなくなった頃合いに、先輩とシェフはカウンター越しに徳島談義をはじめる。
シェフの出身地と先輩は隣町どうしであり、地元のネタで盛り上がっている。
なんとも心地よい会話である。
先輩はこのレストランを気に入ってくれた。
大切に育てた天恵菇を、みんなから愛されるこのお店で使ってもらいたい、と言っている。
若いシェフも上機嫌で、お客様にぜひ天恵菇を食べてもらいたい、と熱が入っている。
すでに調理方法のイメージが頭の中にあるようだ。
若いシェフのお父様は今でも徳島で板前をしているという。
シェフは幼少からお父様に料理に向き合う姿勢を学んできたのだろう。
シェフは友人と話しながら後片付けをしている。
お鍋を磨き、食器、スプーン等を綺麗に洗っている。
所作が丁寧である。
流し台のみならず、排水フィルターも外して掃除をしている。
私はその様子を見ながら、こういったところに手を抜かないのがプロなのだ、とつくづく感心している。
人目につくところだけでなく、人目につかない所も綺麗に磨く。
これはプロとしての日頃の心構えであり、この小さな行為の積み重ねが、結果として大きな差を生む。
シェフは食器や流し台といった物理的なモノだけでなく、自身の心も磨いている。
それがお料理のクオリティとなって表れている。
先輩と私はお店から出た。
グルメな先輩は「全部美味しかった。また来たい!」と言い残して、車に乗り込んだ。
私が尊敬する先輩。フットワークは軽快である。
外は寒いはずだが、なんだか温かい。
徳島を愛する2人の出会いが、私の心にスイッチを入れたのだろう。