亀の歩み
2022年9月
先日、人生の先輩を久しぶりに訪問した。
先輩は事業で成功した資産家である。
今は仕事の第一線から離れて、家庭菜園とゴルフに忙しい。
ゴルフ仲間は、往年の野球選手が大勢いる。
多くの人は笑顔を絶やさない先輩が大好きである。
以前から、いくつかの金融機関が先輩を訪問し、資産運用や相続対策を提案している。
いつも先輩は「資産を増やすことに関心はない。」と話している。
以下にて、会話の一部を再現してみる。
先輩「ところで今はどんな仕事してるんや?」
東 「NPOスタッフとして社会貢献活動をするのが中心ですが、一部のファミリーの資産運用のお手伝いもしております。」
先輩「そんなんで食っていけるんか?(笑)」
東 「何とか頑張っています。社会貢献に関心の高い人と一緒に行動できることが楽しいです。」
先輩「わしは自分の相続が気になる。相続対策といっても、銀行は不動産ばかり持ってくる。気が進まんな。」
東 「気が進まないのに、無理して不動産を購入する必要はないかと思います。」
先輩「そうやな。」
東 「ご資産を社会に還元するために使うのも一つの考え方です。多くの富裕層の人が、人生をより豊かにするために社会貢献活動をしています。お好きな野球という分野で子どもたちに笑顔を届けることもできます。障がい者スポーツの分野でも良いかもしれません。」
先輩「野球をする人口が減ってるのは残念や。」
東 「ご自身のお名前を冠した社団や財団を作ったり、ご家族を理事に入れることもできます。」
先輩「財団に自分の名前は入れたくない。」
東 「社団や財団に個人の現金資産を非課税で移す場合、理事が3人の場合には、ご家族は1名しか入れません。議決権や解散時の資産移動に制約があります。」
先輩「そうやな。理事が全員家族ならそのまま資産を家族に移しただけになる。」
東 「その通りです。」
先輩「元プロ野球選手の友人はたくさんいる。彼らが子どもに野球を教えるのも楽しいな。」
東 「楽しそうですね。」
先輩「社団や財団の資産は数年かけて使い切るんか?」
東 「使い切っても結構ですし、その資産を原資に債券運用していただき、利金だけを活動資金に回していただいても結構です。」
先輩「1億、2億ぐらいから始めるのなら、全然大丈夫や。」
東 「いきなり社団や財団を作らなくても、ご自身の資産で少しずつ活動していくことからスタートすれば良いかと思います。社会にお金が還元され、皆さんが喜ぶのを見るのはとても幸せです。」
先輩「そうやな。難しいことは分からんけど、それぐらいなら出来るかな。頭の片隅に置いとくわ。」
これまで10年以上お付き合いしている先輩に対して、私は自分の活動をあまり話してこなかった。それは先輩が株式の運用や競馬が好きで、社会貢献活動に関心があまりないのかもしれない、と私が勝手に判断していたからである。
今回、私の話を頭の片隅においてもらえるのはとても嬉しい。
いままで社会貢献活動をしたことない人を、新しい活動に参加してもらうためには、スイッチを押す人が必要である。タイミングも重要である。全く社会貢献に関心のない人やビジネスの拡大しか関心がない経営者に、何度も社会貢献の話をしても嫌がられるだけである。
ビジネスで資産を築いた人が、「そろそろ自分の事だけでなく、周りの人に何かできないかな?」と考える時期や年齢がある。そこまで待つ。人は自発的な動機がないと、新しい分野に入っていけない。
私は今後も先輩と会う時、「社会貢献活動を一緒にしましょう!」とは言わない。
先輩の中で、自分の資産を社会に還元していきたいという想いが沸き上がってくるまで待っておく。その代わり、私は自分の活動報告を先輩にしていく。そうすることで、私の活動と先輩のイメージする活動が重なる部分が出てくるかもしれない。先輩が新しい取り組みを始めるのに何年かかるか分からない。何もしないかもしれない。
私は多くの資産家に「人生における社会貢献のあり方」を話し、その選択肢が頭の片隅から頭全体に広がっていくことを期待している。結果として、社会に温かいお金が循環すれば嬉しい。
この活動は根気がいる。
答えを早急に求めてはいけない。
私が向き合っているのは、金融商品を手軽に販売できる人ではなく、社会に良いインパクトを与えたいと願う人である。
「人の心」に焦点を当てている以上、時間がかかるのは当然である。
目まぐるしく移り行く時代の中で、「人の心」の仕組みは、昔から変わらない。
亀の歩みしかできない私にはぴったりの活動である。